不登校の裏に隠れている親子の共依存②
共依存の特徴
それでは、共依存関係になりやすい人の特徴を見ていきましょう。
① 人との境界線が引けない

共依存関係を作りやすい人は、他人(自分の家族でも)との境界線が引けていないことがほとんどです。
境界線が分からないといってもいいかもしれません。
他人のことでも自分のように考えているので、必要以上に世話を焼いたり、心配したりします。
また、他人のプライバシーに平気でずかずか踏み込んで、踏み荒らしていくことも日常茶飯事です。
勝手に部屋に入るのはもちろん、書類や日記などにも勝手に目を通したり、スマホを管理したり、相手のすべてを把握しようとします。
他人の秘密を暴くことに罪悪感がなく、そのうえ、そのことを平気で口外し、自分勝手な基準で「それはダメだ」と批判してきます。
親ならば、子どもの部屋に勝手に入り、引き出しやスマホの中身も勝手に見て、子どもの友人関係などにも口を出して、「あの子は良くないから、付き合わない方がいい」などと口を出してきます。
それが大人になっても、結婚して家庭ができても、ずっと同じように続いていくこともあります。
さらに、他人に対しての要求が多く、一度それに応えるとどんどん要求がエスカレートしていき、それが当然になっていくので、応え続けることを要求されていきます。
勇気を出してこれらの行動を非難したり、要求を断ると、今度は異常に落ち込むので、断ったことに対して罪悪感を植え付けられます。
それが続くと、受ける側が「断ると悪いことをしているような気分」になってきて、断り切れなくなって、共依存関係が成立してしまいます。
通常の分別がある人が見たら、これらはすべて「ただの迷惑」もしくは「ありがた迷惑」な行動と分かりますが、長い間(それこそ子どもの頃から)この関係性の中にいたら感覚が鈍麻していき、近すぎる親子関係に気が付くことは難しいでしょう。
② 自己肯定感が低く、自己犠牲精神が強い

また、共依存関係にある方たちは、往々にして自己肯定感が低いという特徴があります。
常に自分に対して「これでいい」と思えず、自信が持てないので、その自信の低さを他人の世話をすることで埋めようとします。
それは、自分の気持ちや欲求を抑えて、自己を犠牲にすることもいとわないほどなので、傍から見たら、自己犠牲精神がとても高い人のように見えます。
相手が求めていなくても、その要求を先読みして勝手に行動したり、相手に嫌われないようにと、必要以上に尽くしたりします。
度が過ぎる親切・お節介、世話好き、惜しみなく相手に尽くす人、愛情深い人…。
こういう風に評価されることに自分の存在意義を見出すので、「自分はこれでいい」「私の居場所はここだ」と思うようになります。
DV被害に合っても、「この人には私が必要」とか「私が何とか支えてあげなくちゃ」と考えるのも自己肯定感の低さの表れです。
親子の場合は、どんなに子どもに否定されようと、奴隷のように扱われようと、「この子には私が必要」と考えているので、自分を犠牲にしても子どもに尽くしていくのです。
それこそ、子どもに尽くすことだけが、自分の生きる意味だと言わんばかりです。
本当は「このままではいけない」とうすうす勘付いていても、本当の自分の心の声を聞くことも怖いし、自分の考えや意見に自信がないので、あえてそれらを聞かないようにしたり、否定してしまう傾向があるのです。
③ 家族(夫婦)が機能していない

共依存関係にある方たちの多くは、子どもの頃に本来親からもらうべきものをもらわずに成長してきたという過去があります。
いわゆる“機能不全家族“で育ったので、機能している家族というのがよくわからず、機能不全家族の方が馴染みがいいため、無意識に自分でも機能不全家族を作ろうとしてしまいます。
機能している家族は、世代間の境界線が引けており、ある程度の夫婦の共依存関係があって夫婦が依存しあいながら、それなりに上手くやってます。
例えば、お互いのグチを聞きあったり、口に出さなくても気持ちが分かったり、「あれ」と「それ」で会話が成り立ったりするのは、ある程度お互いに依存しているからです。
しかし、夫婦の仲が悪く家庭が機能していない場合、本来夫婦間で築かれるはずのこれらの共依存関係が、母親と子どもとの間で築かれてしまうのです。
子どもが母親のグチを聞くカウンセラー役をやっていたり、母親の気持ちが手に取るように分かったりします。
母親は、夫よりも子どもとの関係の方が近く、夫よりも子どもに受け入れてもらうことに安心を感じています。
そこには世代間の境界線がなく、共依存関係が親と子と世代間連鎖しているというわけです。
これらの行動は、本来生物学的に不自然なことなので、「なんか気持ち悪いな」という感情を生むことでお互い本能的にストップがかかるのですが、共依存親子はこれらの行動の不自然さに全く気が付きません(気が付いていたとしても、感じないようにしています)。
④ 共依存にあることを見ないようにしている

共依存関係にある方は、自分の居心地の悪さなどの感情に目を向けようとしません。
人間本来備わっている「感じる」という能力を忘れてしまっている人も少なくないのです。
共依存者は、傍から見たらよく世話を焼くいい人に見えますが、実際は自分で自分に依存するように依存者を作り出して、その相手をコントロールすることで、自らのコントロール欲求を満たしているに過ぎません。
これが一時的にうまくいくと、相手をコントロールする自分の能力に自信を持つことになります。
その結果、同じような関係性を繰り返していくので、なかなか共依存関係から抜け出せません。
万が一、自分の共依存気質に気が付いていたとしても、いくら周囲からやめろと言われても、その関係を手放すことが怖すぎて手放せないのです。

共依存関係にあるうちは、自分の存在価値や自信のようなものを感じることができますが、それがなくなってしまうと自分という存在がガラガラと音を立てて崩れ落ちていくような恐怖に襲われてしまいます。
このように、共依存関係にある人たちは、自分ではどうしようもできない状態にあることが多く、この心理状態を理解して対応する必要があるのです。