クラス内におけるいじめの構図
みなさん、こんにちは。
いつもおやこフリースクールをご利用いただきありがとうございます。
私たちは、いつも子ども達からいろいろなことを教えてもらいます。
今回は、中でも衝撃的だった、学校内でのいじめの実態についてお話したいと思います。
おやこフリースクールでもおやこ心理相談室でも、私たちが関わる不登校の子どもたちのほぼ100%が何らかの形でいじめに巻き込まれた経験があります。
原因やきっかけは様々ですが、不登校という症状の裏には必ずと言っていいくらい”いじめ”が関わっているように感じます。
そして、学年が上がるにつれていじめの形態は巧妙に進化していき、どんどん見えにくくなっていくようです。
いじめの質もどんどん悪質化しており、クラス内でもSNS内でも、様々な手段を使っていつでもどこにいても被害者を執拗に追い詰めて、人格を否定し心を壊していきます。
そんな中、学校を休んだり辞めたりできる子はまだ良くて、親の理解の無さや家庭の事情から、どんなに苦しくても学校から逃げることができず、誰にも相談できずに精神的に追い詰められていく子どもがいることもまた事実です。
希望を持って進学した学校でこんなひどい扱いを受けて、そのうえ誰にも守ってもらえなかったとしたら、どう思いますか?
いじめの問題は、私たち大人が想像している以上に深刻になってきているのを肌で感じます。
今回はある学校のクラス内における女子のいじめの構図を解説したいと思います。(もちろん、このようなクラスが全てではありませんし、いじめに巻き込まれずに平和に過ごしている子ども達が多数存在するのも事実です。)
女子のいじめの構図
女子が30人で男子が10人いる40人のクラスを想定します。
そのうちの女子30人の関係性はだいたい次のようになっています。
- いじめの主犯格…1割前後、約3、4人
- 平均的な生徒…6割、約18人
- いじめの被害者…2,3割(ターゲットはだいたい一人で、その子が学校を休んだり辞めたりすると、次に代わる)
※男子10人の中にも、それぞれ主犯格が1割(だいたい2人)、平均的な生徒が6割(5,6人)、被害者が2割程度存在しているそうです。
- いじめの主犯格
主犯格、いわゆる陰のボスが3,4人いて、いじめるターゲットを決めて、どういう形でいじめるのかを決定しています。
大抵一人では行動できない小心者で、似たような仲間と群れることで初めて虚勢を張ることができるタイプです。
彼女たちはとても執拗かつ狡猾で、決して自分で手を下すようなことはせずに、足がついた時はいつでも言い逃れできる準備をしています。
これらの子どもたちの心理は後程ご紹介します。
- 平均的な生徒
大人は、いじめを実行するのはいじめっ子だと想像しがちですが、内情はそう簡単な話ではありません。
いじめを実行するのは意外にも、ごくごく平均的な生徒たちです。
彼女たちは、主犯格に目を付けられることに対する恐怖から、指示されても断ることができずに結果的に実行犯としていじめを実行してしまいます。
この生徒たちは、本心ではみんなそんなことやりたくないし、いじめ被害者に対してむしろ好意的な感情を抱いています。
ただ、自分の意志が弱く、主犯格に対してNOが言えず、いじめられる恐怖心から不本意ながらいじめに加担してしまいます。
人の言いなりになって誰かをいじめるというのは、とても苦しくて、さぞ後悔することだろうと想像します。
しかも、いじめが発覚したときは大抵これらの生徒が犯人にされてしまいます。
主犯格は、あらかじめ準備していたアリバイや言い訳があるので、先生たちも生徒の言うことを一概に無下にもできず、結果一番の指示役が守られるという構図が完成してしまいます。
- いじめ被害者
被害者になる生徒たちに、何か悪いことをしたとか、人を傷つけたとかいう落ち度は全くありません。
どちらかというとその逆で、他人に優しくて、正義感が強かったり、自分の意見をしっかり持っていたり、勉強が良くできたり、何かきらりと光るものを持っているということが多いようです。
また、こういう子たちは、自分の信念に従って行動することができるので、主犯格の子たちの言うことをうのみにせず、指示通りに動きません。
他人を傷つけろとか、そういう類の指示が最も嫌いで、他人をいじめるくらいなら自分がいじめられた方がまだましだと考えてしまうような優しい心の持ち主です。
そういう点では、クラスの中で”浮いた存在“になりやすいと言えるかもしれません。
いじめを生むきっかけになりうる劣等感
主犯格の子たちは、思い通りにならない子たちが何を考えているかが分からなくて怖いうえに羨ましくて仕方ありません。
なぜなら、彼女たちは育ってきた環境が複雑だったり、家庭内で常にプレッシャーを感じていて、これといった“自分らしさ”が形成されず、自分に自信も持てず、他人に対する劣等感でいっぱいだからです。
彼女たちからしてみたら、他人に優しくするなんて、自分に余裕がないのにできるわけないし、そもそも優しくされた経験がないので意味が分かりません。
「自分はこんなにも(家庭内で)苦労しているのに、家庭に恵まれて自分らしくキラキラしている(そういう風に見えている)なんて、不公平だ、許せない」
その嫉妬心・劣等感から、似たような仲間とつるんで自分らしく生きている子たちをいじめて苦しませることで自分が優位に立とうとするのです。
そして、興味深いことに、いじめの主犯格4人のうちの1人がある日突然いじめられる被害者になる、なんてことも起こりうるのです。
主犯格の子たちがいかに低い自尊心と、高い劣等感に苛まれて、毎日おびえながら過ごしているかが想像できます。
いじめの後遺症
こうして見ると、いじめの加害者と被害者の関係性が良くわかると思います。
被害者に落ち度はなかったにも関わらず、いじめという体験は、まだ未成熟な子どもの心からすべてを奪うのに十分すぎる理由になりうるのです。
希望を持って自分らしく生きている子たちが虐げられ、心や体に傷を負い、学校を休む、辞めるという決断をすることは、彼女たち自身を守る上で必要な行動だったのは間違いないでしょう。
しかし、いじめられたことや学校を休んだり辞めたりしたことで、彼女たちは「本来あるはずの未来が断たれてしまった。それは自分が悪かったから、自分がみんなと違うから、普通じゃないから」と自分を責め始めます。
そもそも思春期の目標は自分らしさを見つけることなので、本来なら至極順調な成長なのに、いじめ被害にあったことで、「自分らしさはいけないこと、普通にならなきゃいけない」と思い込み、本来必要のない努力を重ねて、結果長く苦しむことになるのです。
この段階では、いじめられたことが自分のせいではないと思うことができるほど、精神的に成熟しているわけではないのです。
大人になって社会を見渡すと、普通で平均的な存在だけじゃなく、被害者になりうる子どもたちのような個性豊かな存在がいることで、この世界に彩りが生まれます。
こういう貴重な存在が、もし傷ついたときにその傷を癒すことができて、無事に社会へ羽ばたいていけるようサポートしてくれる場所が必要とされていると痛感します。
そして、子ども達にとってそんな場所になれるよう、おやこフリースクールも日々尽力していきます。